いにしへの賢しき人の遊びけむ
吉野の川原見れど飽かぬかも
- 歌の意味
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昔の賢い人たちが遊んだという吉野の川原は、いくら見ても見飽きないことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1725
詞書「麻呂の歌一首」
昔の賢人たちが遊んだという吉野の川原は、いくら見ても見飽きないとたたえる歌である。吉野を賢人や仙人の遊ぶ地とする中国風の思想をふまえ、土地の由緒をたたえている。
左注に右は柿本朝臣人麻呂の歌集に出づとあり、本巻の第千七百二十首からこの歌までが人麻呂歌集の歌であることを示している。「いにしへの賢しき人」は、巻第一の第二十七首で天武天皇が吉野をたたえて詠んだ「よき人」を思わせ、古人の遊んだ地としての吉野を強調している。
作者の麻呂は伝未詳で、柿本人麻呂自身を指すとする説もある。
初句「いにしへの」は、遠い昔の、の意である。
二句「賢しき人の」は、賢い人の、の意で、世を離れて自然を楽しんだ賢人を指す。
三句「遊びけむ」は、遊んだという、の意で、「けむ」は過去の伝聞や推量を表す。
四句「吉野の川原」は、古人の遊んだ地としての川原を示す。
結句「見れど飽かぬかも」は、本巻の第千七百十一首と同じ讃美の結句である。人麻呂歌集の吉野の歌の結びに置かれ、一連を讃美の句で締めくくっている。
あそぶ:ここでは自然の中で風雅を楽しむ
- 作者
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麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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見まく欲り来しくもしるく吉野川 音のさやけさ見るにともしく
- 次の歌
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難波潟潮干に出でて玉藻刈る 海人娘子ども汝が名告らさね