山科の石田の小野のははそ原
見つつか君が山道越ゆらむ
- 歌の意味
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山科の石田の小野のははその林を見ながら、あなたは今ごろ山道を越えているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1730
詞書は前の歌に続き「宇合卿の歌三首」
山科の石田の小野に広がるははその林を眺めながら、今ごろあの人は山道を越えているのだろうかと思いやる歌である。旅立つ人を見送った側の心で詠まれている。
宇合卿の歌三首の二首目である。石田の小野は京都市伏見区石田付近の野で、大和から近江へ向かう道筋にあたる。本巻の第千六百六十六首とは下の句がよく似ており、ともに旅の人の山越えを思いやっている。
作者の藤原宇合は藤原不比等の三男で、藤原式家の祖である。遣唐副使として唐に渡り、常陸守や西海道節度使などを歴任した。
初句「山科の」は、地名を示す。
二句「石田の小野の」は、山科の石田にある野をいい、「小」は美称である。
三句「ははそ原」は、ははその林をいい、黄葉の美しい楢やくぬぎの類の木々を指す。
四句「見つつか君が」は、見ながら、あなたが、の意で、疑問の係助詞「か」が結句の「らむ」と係り結びをなす。
結句「山道越ゆらむ」は、今ごろ山道を越えているのだろう、の意で、本巻の第千六百六十六首とまったく同じ結句である。
をの:野、「を」は美称
ははそ:楢やくぬぎなどの落葉樹
- 作者
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藤原宇合
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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暁の夢に見えつつ梶島の 磯越す波のしきてし思ほゆ
- 次の歌
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山科の石田の杜に幣置かば けだし我妹に直に逢はむかも