山科の石田の杜に幣置かば
けだし我妹に直に逢はむかも
- 歌の意味
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山科の石田の杜に幣を手向けたならば、もしかすると愛しい妻にじかに逢えるだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1731
詞書は前の歌に続き「宇合卿の歌三首」
山科の石田の杜に幣を手向けて祈れば、もしかすると妻にじかに逢えるだろうかと願う歌である。旅の途中、神に妻との再会を祈る切実な思いがこもっている。
宇合卿の歌三首の三首目である。石田の杜は現在の京都市伏見区石田にある天穂日命神社の森とされる。前歌の石田の小野に続き、同じ石田の地を詠んでいる。
作者の藤原宇合は藤原不比等の三男で、藤原式家の祖である。遣唐副使として唐に渡り、常陸守や西海道節度使などを歴任した。
初句「山科の」は、前歌第千七百三十首と同じ初句で、二首を同じ地でつないでいる。
二句「石田の杜に」は、神の宿る石田の森に、の意である。
三句「幣置かば」は、幣を手向けたならば、の意で、仮定の条件を表す。
四句「けだし我妹に」は、もしかすると妻に、の意である。
結句「直に逢はむかも」は、じかに逢えるだろうか、の意で、「直に」は夢や便りではなく直接に、の意を表す。
もり:神の宿る森、社の森
ぬさ:神に祈るときに捧げる麻や木綿、紙などの供え物
- 作者
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藤原宇合
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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山科の石田の小野のははそ原 見つつか君が山道越ゆらむ
- 次の歌
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大葉山霞たなびきさ夜更けて 我が舟泊てむ泊り知らずも