- 歌の意味
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高島の安曇の港を漕ぎ過ぎて、今ごろは塩津や菅浦のあたりを漕いでいるだろうか。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1734
詞書「小弁の歌一首」
琵琶湖を北へ漕ぎ進む舟を思いやり、安曇の港を過ぎた今ごろは塩津や菅浦を漕いでいるだろうかと詠む歌である。湖岸の地名を順に連ねて、舟の進みを目に浮かべるように描いている。
安曇の港は滋賀県高島市の安曇川河口付近、塩津と菅浦は琵琶湖北岸の地で、湖西から湖北へと舟が進むさまがたどられる。本巻の第千七百十八首の高市黒人の歌も、同じ安曇の港に泊まる舟を思いやっている。
作者の小弁は伝未詳である。本巻の第千七百十九首の左注に、或る本に小弁の作とあることが記されており、弁官の職にあった人物の呼び名とする説がある。
初句「高島の」は、琵琶湖西岸の地名で、次の「安曇の港」の所在を示す。
二句「安曇の港を」は、本巻の第千七百十八首の四句「安曇の港に」と同じ港を詠む。第千七百十八首では舟がそこに泊まったかと思いやり、本歌ではそこを過ぎて先へ進むさまを思い描いている。
三句「漕ぎ過ぎて」は、漕いで通り過ぎて、の意である。
四句「塩津菅浦」は、琵琶湖北岸の二つの地名を並べたもので、助詞を用いずに地名を重ねて舟の行く先を示している。
結句「今か漕ぐらむ」は、今ごろ漕いでいるだろうか、の意である。係助詞「か」を受けて、現在推量の「らむ」の連体形で結ぶ係り結びとなる。
みなと:舟の出入りする所、港
- 作者
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小弁
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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思ひつつ来れど来かねて三尾の崎 真長の浦をまたかへり見つ
- 次の歌
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我が畳三重の川原の磯の裏に かくしもがもと鳴くかはづかも