山高み白木綿花に落ちたぎつ
夏身の川門見れど飽かぬかも
- 歌の意味
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山が高いので、白い木綿の花のように激しく流れ落ちる夏身の川の渡り場は、いくら見ても見飽きないことよ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1736
詞書「式部大倭の芳野にして作る歌一首」
山が高いため白い木綿の花のように泡立って流れ落ちる夏身の川の渡り場を、いくら見ても見飽きないとたたえる歌である。吉野の激流の白さを木綿花にたとえ、土地をほめる心を表している。
夏身は奈良県吉野町菜摘のあたりとされる。結句の「見れど飽かぬかも」は吉野をたたえる歌にくり返し用いられる句で、本巻の第千七百二十五首と同じ結句である。
作者の式部大倭は、式部省に仕えた大倭(大和)という姓の人物と考えられるが、名は伝わらない。
初句「山高み」は、山が高いので、の意である。「山を高み」の形で、「み」は原因や理由を表す。
二句「白木綿花に」は、白い木綿で作った造花のように、の意で、泡立つ白い水をたとえる。
三句「落ちたぎつ」は、激しく流れ落ちる、の意である。本巻の第千七百十四首の初句「落ちたぎち」と同じ語で、吉野の急流を描く。
四句「夏身の川門」は、夏身の川の渡り場を示す。
結句「見れど飽かぬかも」は、いくら見ても見飽きないことよ、の意で、「かも」は詠嘆を表す。本巻の第千七百二十五首と同じ結句で、吉野の川をたたえる歌が一連に並んでいる。
ゆふばな:楮の繊維で作った白い造花
たぎつ:水が激しく流れる
かはと:川の渡り場
- 作者
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式部大倭
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が畳三重の川原の磯の裏に かくしもがもと鳴くかはづかも
- 次の歌
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大滝を過ぎて夏身に近づきて 清き川瀬を見るがさやけさ