い行き逢ひの坂のふもとに咲きををる
桜の花を見せむ子もがも
- 歌の意味
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行き逢いの坂のふもとに枝もたわむほど咲いている桜の花を、見せてやれる娘がいればよいのに。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1752
詞書は前の歌に続き「難波に経宿りて明日に還り来る時の歌一首 并せて短歌」の反歌
坂のふもとに枝もたわわに咲いている桜を見て、この花を見せてやれる娘がいればよいのにと願う歌である。美しい花を独りで見る物足りなさを、見せたい人への思いとして表している。
本巻の第千七百五十一首の長歌に添えられた反歌である。長歌は、昨日越えて来た竜田の山の桜が一夜のうちに滝の瀬に散り流れているのを見て、君が見る日まで山おろしの風が吹かないよう、風の神の杜で風祭をしようと詠んでいる。天平六年(734)三月の聖武天皇の難波行幸の折とする説がある。
作者の高橋虫麻呂は奈良時代前期の歌人で、藤原宇合が常陸守であった頃にその下僚として仕えたと考えられている。各地の伝説や東国の風土を題材とした長歌に優れる。本歌は高橋虫麻呂歌集から採られたもので、虫麻呂自身の作を中心とすると考えられている。
初句「い行き逢ひの」は、行って行き逢う、の意で、「い」は接頭語である。大和と河内の両国から人が行き逢う国境の坂を指すと考えられる。
二句「坂のふもとに」は、その坂のふもとに、の意である。
三句「咲きををる」は、枝がたわむほど咲き満ちている、の意である。本巻の第千七百四十七首の長歌にも「咲きををる桜の花」とあり、竜田の桜を詠む一連に共通する語である。
四句「桜の花を」は、目の前の満開の桜を示す。
結句「見せむ子もがも」は、見せてやれる娘がいればよいのに、の意で、「もがも」は願望を表す。
ををる:花や葉が茂って枝がたわむ
- 作者
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高橋虫麻呂(虫麻呂歌集所出)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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暇あらばなづさひ渡り向つ峰の 桜の花も折らましものを
- 次の歌
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今日の日にいかにかしかむ筑波嶺に 昔の人の来けむその日も