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後れ居て我れはや恋ひむ印南野の
秋萩見つつ去なむ子故に

歌の意味
後に残って、私は恋しく思うことだろうか。印南野の秋萩を見ながら去って行くあなたのために。
鑑賞
巻第九 相聞 1772

詞書「大神大夫の筑紫国に任けらゆる時に、阿倍大夫の作る歌一首」
 印南野の秋萩を見ながら筑紫へ下って行く人を思い、後に残る自分は恋しく思い続けるだろうと別れを惜しむ歌である。旅の途中の美しい景色を思い描いて、旅立つ人を送っている。
 詞書によれば、大神大夫が筑紫国に任じられた時に阿倍大夫が作った歌である。印南野は播磨国(現在の兵庫県加古川市、明石市付近)の野で、筑紫への道筋にあたる。前歌の第千七百七十一首と初句、二句が同じで、ともに見送る者の歌として並べられている。大神大夫が誰を指すかについては、前歌と同じく大三輪高市麻呂とする説などがあり、定説を見ない。
 作者の阿倍大夫が誰を指すかについては、阿倍広庭とする説などがあるが定説を見ない。大夫は四位、五位の官人を敬って呼ぶ語である。

 初句「後れ居て」は、後に残されて、の意で、前歌の初句と同じ句である。
 二句「我れはや恋ひむ」は、私は恋しく思うことだろうか、の意で、前歌の二句と同じ句である。係助詞「や」を受けて、推量の「む」の連体形で結ぶ係り結びとなる。
 三句「印南野の」は、播磨国の野の名で、旅人が通る道筋を示す。前歌の「春霞たなびく山」に対し、本歌は秋の野を詠み、春と秋の対となっている。
 四句「秋萩見つつ」は、秋萩を見ながら、の意である。
 結句「去なむ子故に」は、去って行くあなたのために、の意である。「子」は親しい相手を呼ぶ語で、ここでは旅立つ大神大夫を指す。

いぬ:去る、行ってしまう
作者
阿倍大夫
出典
万葉集
前の歌
後れ居て我れはや恋ひむ春霞 たなびく山を君が越え去なば
次の歌
神なびの神寄せ板にする杉の 思ひも過ぎず恋の繁きに