- 歌の意味
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泊瀬川を夕方に渡って来て、いとしい妻の家の門に近づいたことだ。
- 鑑賞
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巻第九 相聞 1775
詞書は前の歌に続き「舎人皇子に献る歌二首」
夕暮れに泊瀬川を渡り、ようやく妻の家の門に近づいたと、逢いに行く道のりの高まる思いを詠む歌である。門が近づくにつれて胸の弾む気持ちが、簡潔な叙述の中に込められている。
舎人皇子に献った歌二首の二首目である。前歌の待たされる女性の嘆きに対し、本歌は女性のもとへ通う男性の側から詠んでおり、二首で待つ側と訪ねる側が対になっている。左注によれば、本巻の第千七百七十三首からこの歌までの三首は柿本人麻呂歌集に出る歌である。
作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。本歌は柿本人麻呂歌集から採られたもので、この歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が集めた他の人の作とが含まれると考えられている。
初句「泊瀬川」は、奈良県桜井市の初瀬を流れる川である。
二句「夕渡り来て」は、夕方に渡って来て、の意である。妻問いは夕方から夜に行われた。
三句「我妹子が」は、いとしい妻の、の意である。
四句「家の金門に」は、家の門に、の意である。前歌が約束を待つ女性の嘆きであるのに対し、本歌では男性が女性の家の門に至ろうとしており、待つ側と訪れる側が対となっている。
結句「近づきにけり」は、近づいたことだ、の意である。完了の「に」と詠嘆の「けり」によって、ようやくたどり着いた感慨を表す。
かなと:門、門口
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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たらちねの母の命の言にあらば 年の緒長く頼め過ぎむや
- 次の歌
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絶等寸の山の峰の上の桜花 咲かむ春へは君し偲はむ