- 歌の意味
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絶等寸の山の峰の桜の花が咲く春には、あなたのことを慕わしく思い出すことだろう。
- 鑑賞
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巻第九 相聞 1776
詞書「石川大夫の遷任して京に上る時に、播磨娘子の贈る歌二首」
絶等寸の山の峰に桜が咲く春が来れば、都へ去ったあなたを思い出すだろうと、別れを惜しむ歌である。毎年めぐる花の季節に寄せて、忘れられない思いを表している。
詞書によれば、石川大夫が任を終えて都へ上る時に、播磨娘子が贈った歌二首の一首目である。絶等寸の山は播磨国(現在の兵庫県姫路市付近)の山とされるが、所在は明らかでない。なお本文の結句は「君し偲はむ」とあり、読み仮名の行の「きみをしのはむ」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
作者の播磨娘子は伝未詳で、播磨国の遊行女婦とする説がある。石川大夫は、養老年間に播磨守であった石川君子を指すと考えられている。
初句「絶等寸の」は、山の名を示す。
二句「山の峰の上の」は、山の峰の、の意である。
三句「桜花」は、峰に咲く桜の花を示す。
四句「咲かむ春へは」は、咲くであろう春の頃には、の意である。「春へ」は、春の頃、の意である。
結句「君し偲はむ」は、あなたのことを慕わしく思い出すだろう、の意である。「し」は強めの助詞で、「偲ふ」は離れた人を思い慕うことを表す。
をのへ:峰の上、山の頂
しのふ:離れている人や物を思い慕う
- 作者
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播磨娘子
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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泊瀬川夕渡り来て我妹子が 家の金門に近づきにけり
- 次の歌
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君なくはなぞ身装はむ櫛笥なる 黄楊の小櫛も取らむとも思はず