松返りしひてあれやは三栗の
中上り来ぬ麻呂といふ奴
- 歌の意味
-
頭がぼけてしまったのだろうか。任期の途中で都へ上っても来ない、麻呂というやつは。
- 鑑賞
-
巻第九 相聞 1783
詞書「妻の和ふる歌一首」
便りがないと恨む夫に対し、ぼけてしまったのか、任期の途中に都へ上っても来ない麻呂というやつは、とやり返す妻の歌である。夫を「奴」と呼ぶ遠慮のない言い方に、夫婦の親しさとおかしみが表れている。
前歌の第千七百八十二首の夫の歌に答えた歌である。夫が便りの来ないことを恨んだのに対し、妻は、それならあなたこそ上京して来ないではないかと切り返している。作者は妻であるが、名は伝わらない。左注によれば、柿本人麻呂歌集に出る歌で、「麻呂」を人麻呂自身とみる説もある。
初句「松返り」は、「しひ」にかかる枕詞とされるが、かかり方は明らかでない。
二句「しひてあれやは」は、ぼけてしまったのだろうか、の意である。「しふ」は、感覚や心の働きが鈍くなることを表し、「やは」は疑問を表す。ここで句切れとなる。
三句「三栗の」は、いがの中の三つの実のうち中のものを「なか」ということから、「中」にかかる枕詞である。
四句「中上り来ぬ」は、任期の途中で都へ上って来ない、の意である。前歌で夫が「言も通はぬ」と恨んだのに対し、「上り来ぬ」と同じ打消の「ぬ」で切り返している。
結句「麻呂といふ奴」は、麻呂というやつは、の意で、名詞で結ぶ体言止めである。八音の字余りとなっている。夫を突き放すように呼んで、おかしみを添えている。
しふ:感覚や心の働きが鈍くなる、ぼける
なかのぼり:任期の途中で国から都へ上ること
やつこ:やつ、人をいやしめて呼ぶ語
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
雪こそば春日消ゆらめ心さへ 消え失せたれや言も通はぬ
- 次の歌
-
海神のいづれの神を祈らばか 行くさも来さも船の早けむ