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垣ほなす人の横言繁みかも
逢はぬ日数多く月の経ぬらむ

歌の意味
垣根のように人の中傷がうるさいからだろうか、逢えない日が重なって、幾月も過ぎてしまったのだろう。
鑑賞
巻第九 相聞 1793

詞書は前の歌に続き「娘子を思ひて作る歌一首 并せて短歌」の反歌
 垣根のように取り巻く人々の中傷がうるさいためか、逢えない日が重なって月日が過ぎてしまったと嘆く歌である。周囲の目や噂にはばまれる恋の苦しさを表している。
 本巻の第千七百九十二首の長歌に添えられた反歌である。長歌は、なまじ人の名を口にせず心に秘めているうちに逢えない日が重なり、思いを晴らすすべもなく心砕けて、いつも心にかけている娘に直接逢えないので、下を流れる水のように表に出さずに思う心は安らかではない、と詠んでいる。
 作者の田辺福麻呂は奈良時代中期の歌人で、橘諸兄に仕えた造酒司の令史であった。本歌は田辺福麻呂歌集から採られたもので、福麻呂自身の作とする見方が有力である。

 初句「垣ほなす」は、垣根のように、の意で、周りを取り巻く人々をたとえる。
 二句「人の横言」は、人の中傷や、根も葉もない噂、の意である。
 三句「繁みかも」は、うるさいからだろうか、の意である。「繁み」は「繁し」の語幹に原因を表す「み」が付いた形で、「かも」は疑問を表す。
 四句「逢はぬ日数多く」は、逢えない日が重なって、の意で、長歌の「逢はぬ日の数多く過ぐれば」を受ける。
 結句「月の経ぬらむ」は、幾月も過ぎてしまったのだろう、の意である。三句の「かも」を受けて、現在推量の「らむ」の連体形で結ぶ。

かきほ:垣根
よここと:中傷、根も葉もない悪口
作者
田辺福麻呂(福麻呂歌集所出)
出典
万葉集
前の歌
旅人の宿りせむ野に霜降らば 我が子羽ぐくめ天の鶴群
次の歌
たち変り月重なりて逢はねども さね忘らえず面影にして