黄葉の過ぎにし子らと携はり
遊びし磯を見れば悲しも
- 歌の意味
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もみじ葉が散るように亡くなってしまった妻と、手を取り合って遊んだ磯を見ると、悲しいことよ。
- 鑑賞
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巻第九 挽歌 1796
詞書「紀伊国にして作る歌四首」
亡き妻と手を取り合って遊んだ磯を再び見て、悲しみがこみ上げる思いを詠む歌である。かつての楽しい思い出の場所が、今は悲しみを誘う場所となっている。
紀伊国で亡き妻をしのぶ歌四首の一首目である。かつて妻と共に訪れた紀伊の海辺を、妻の亡き後に再び訪れて詠んだ歌と考えられている。
作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。本歌は柿本人麻呂歌集から採られたもので、この歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が集めた他の人の作とが含まれると考えられている。
初句「黄葉の」は、もみじ葉が散り過ぎることから「過ぐ」にかかる枕詞である。
二句「過ぎにし子らと」は、亡くなってしまった妻と、の意である。「過ぐ」は人が亡くなることを表し、「ら」は親しみを表す接尾語である。次歌の四句「過ぎにし妹が」と同じく「過ぎにし」の語で亡き妻を指す。
三句「携はり」は、手を取り合って、の意である。
四句「遊びし磯を」は、共に遊んだ磯を、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
結句「見れば悲しも」は、見ると悲しいことよ、の意で、「も」は詠嘆を表す。本巻の第千七百九十八首の結句「見れば寂しも」と対応し、同じ一連の中で悲しみの表現を重ねている。
もみちば:紅葉した葉
すぐ:亡くなる、この世を去る
たづさはる:手を取り合う、連れ立つ
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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妹らがり今木の嶺に茂り立つ 妻松の木は古人見けむ
- 次の歌
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潮気立つ荒磯にはあれど行く水の 過ぎにし妹が形見とぞ来し