いにしへに妹と我が見しぬばたまの
黒牛潟を見れば寂しも
- 歌の意味
-
以前に妻と私とで見た黒牛潟を、今独りで見ると寂しいことよ。
- 鑑賞
-
巻第九 挽歌 1798
詞書は前の歌に続き「紀伊国にして作る歌四首」
以前に妻と共に見た黒牛潟を、今独りで見ると寂しいと詠む歌である。同じ景色を前にして、共に見た人がいない寂しさを表している。
紀伊国で亡き妻をしのぶ歌四首の三首目である。黒牛潟は現在の和歌山県海南市黒江付近の海岸で、本巻の第千六百七十二首にも詠まれている。
作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。本歌は柿本人麻呂歌集から採られたもので、この歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が集めた他の人の作とが含まれると考えられている。
初句「いにしへに」は、以前に、の意である。
二句「妹と我が見し」は、妻と私とで見た、の意である。
三句「ぬばたまの」は、黒いものにかかる枕詞で、ここでは「黒牛潟」の「黒」にかかる。
四句「黒牛潟を」は、紀伊の海岸の地名を示す。本巻の第千六百七十二首の初句「黒牛潟」と同じ地を詠み、行幸の華やかな景とは対照的に、亡き妻をしのぶ場となっている。
結句「見れば寂しも」は、見ると寂しいことよ、の意である。本巻の第千七百九十六首の結句「見れば悲しも」と同じ形で結んでいる。
ぬばたま:ひおうぎの実、黒いことから黒や夜にかかる枕詞となる
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
潮気立つ荒磯にはあれど行く水の 過ぎにし妹が形見とぞ来し
- 次の歌
-
玉津島磯の浦廻の真砂にも にほひて行かな妹も触れけむ