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語り継ぐからにもここだ恋しきを
直目に見けむ古へ壮士

歌の意味
語り伝えを聞くだけでも、これほど慕わしく思われるのに、じかにその姿を見たであろう昔の男たちは、どれほどであったろう。
鑑賞
巻第九 挽歌 1803

詞書は前の歌に続き「葦屋の処女の墓を過ぐる時に作る歌一首 并せて短歌」の反歌
 語り伝えを聞くだけでもこれほど心ひかれるのだから、菟原娘子をじかに見た昔の男たちはどれほど恋い焦がれたことだろうと思いやる歌である。伝説の娘の美しさを、後の世の自分の思いから推し量っている。
 本巻の第千八百一首の長歌に添えられた二首目の反歌である。前歌で墓を目の前にした感慨を述べたのを受け、本歌では娘子をめぐって争った男たちの心に思いを寄せている。
 作者の田辺福麻呂は奈良時代中期の歌人で、橘諸兄に仕えた造酒司の令史であった。本歌は田辺福麻呂歌集から採られたもので、福麻呂自身の作とする見方が有力である。

 初句「語り継ぐ」は、語り伝える、の意で、長歌の「語り継ぎ偲ひ継ぎくる」を受ける。
 二句「からにもここだ」は、それだけでもこれほど、の意である。「からに」は、〜だけで、の意を表し、「ここだ」は、こんなにも、の意である。
 三句「恋しきを」は、慕わしいのに、の意で、逆接の「を」で下へ続く。
 四句「直目に見けむ」は、じかに見たであろう、の意で、「けむ」は過去の推量を表す。
 結句「古へ壮士」は、昔の男たち、の意で、名詞で結ぶ体言止めである。前歌の初句「古への」と呼応し、昔の男たちの思いを推し量る余情を残している。

ただめ:じかに見ること
作者
田辺福麻呂(福麻呂歌集所出)
出典
万葉集
前の歌
古への信太壮士の妻問ひし 菟原娘子の奥城ぞこれ
次の歌
別れてもまたも逢ふべく思ほえば 心乱れて我れ恋ひめやも