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勝鹿の真間の井見れば立ち平し
水汲ましけむ手児名し思ほゆ

歌の意味
勝鹿の真間の井を見ると、いつも通って道を踏みならし、水を汲んだという手児名のことがしのばれる。
鑑賞
巻第九 挽歌 1808

詞書は前の歌に続き「勝鹿の真間娘子を詠む歌一首 并せて短歌」の反歌
 勝鹿の真間の井を見て、かつてここに通って水を汲んだという手児名をしのぶ歌である。伝説の娘が日々通った井戸を前に、その姿を身近に思い浮かべている。
 本巻の第千八百七首の長歌に添えられた反歌である。長歌は、東の国の勝鹿の真間の手児名は、麻の衣に青い衿をつけ、髪もとかず沓もはかずにいたが、満月のように満ち足りた顔で花のように笑みを浮かべて立つと、多くの男たちが言い寄ったので、身の定めを知って港の墓に眠っている、と詠んでいる。真間は現在の千葉県市川市真間の地である。
 作者の高橋虫麻呂は奈良時代前期の歌人で、藤原宇合が常陸守であった頃にその下僚として仕えたと考えられている。各地の伝説や東国の風土を題材とした長歌に優れる。本歌は高橋虫麻呂歌集から採られたもので、虫麻呂自身の作を中心とすると考えられている。

 初句「勝鹿の」は、下総国葛飾郡の地名を示す。
 二句「真間の井見れば」は、真間の井戸を見ると、の意である。
 三句「立ち平し」は、いつも通って道を踏みならし、の意である。
 四句「水汲ましけむ」は、水をお汲みになったであろう、の意で、「し」は尊敬、「けむ」は過去の推量を表す。
 結句「手児名し思ほゆ」は、手児名のことがしのばれる、の意である。「し」は強めの助詞で、「思ほゆ」は自然に思われることを表す。

てごな:真間の伝説の娘の名、手児名
たちならす:いつも通って踏みならす
作者
高橋虫麻呂(虫麻呂歌集所出)
出典
万葉集
前の歌
あしひきの荒山中に送り置きて 帰らふ見れば心苦しも
次の歌
芦屋の菟原娘子の奥城を 行き来と見れば哭のみし泣かゆ