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いにしへの人の植ゑけむ杉が枝に
霞たなびく春は来ぬらし

歌の意味
昔の人が植えたのであろう杉の枝に、霞がたなびいている。春はやって来たらしい。
鑑賞
巻第十 春雑歌 1814

詞書は前の歌に続き「春雑歌」
 古人が植えたと思われる杉の古木にたなびく霞を見て、春の到来を推し量る歌である。はるか昔から続く杉の年月と、今年めぐってきた春という一瞬とが重ねられ、悠久の時の流れの中に季節の訪れを感じ取っている。本巻の第千八百十二首と同じく、霞を根拠に春の到来を推定する構図をとり、結句を「らし」で結ぶ点も共通する。
 作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。

 初句「いにしへの」は遠い昔を指す。杉を植えた人を遠い過去の人とすることで、杉の古さと歴史の厚みを示している。
 二句「人の植ゑけむ」の「けむ」は過去推量の助動詞である。昔の人が植えたのであろうと思いやる言い方で、目の前の杉に過ぎ去った時間を読み取っている。
 三句「杉が枝に」は霞のかかる場所を示す。「が」は連体修飾の格助詞で、古木の杉の枝という具体的な景を据えている。
 四句「霞たなびく」は前歌までの一連にも見える句で、第千八百十二首と同じく春の景を確かめる語として働く。
 結句「春は来ぬらし」の「ぬ」は完了、「らし」は根拠ある推定である。第千八百十二首の「春立つらしも」と呼応し、霞を根拠に春の到来を推し量って結んでいる。

いにしへ:遠い昔
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
巻向の桧原に立てる春霞 おほにし思はばなづみ来めやも
次の歌
子らが手を巻向山に春されば 木の葉しのぎて霞たなびく