玉かぎる夕さり来ればさつ人の
弓月が岳に霞たなびく
- 歌の意味
-
夕方がやって来ると、弓月が岳に霞がたなびいている。
- 鑑賞
-
巻第十 春雑歌 1816
詞書は前の歌に続き「春雑歌」
夕暮れが訪れた弓月が岳にたなびく霞を詠んだ歌である。「玉かぎる」「さつ人の」という二つの枕詞を用いて、夕べの淡い光と山の名を美しく飾っている。本巻の第千八百十二首が夕べの香具山の霞を詠んだのと同じく、夕暮れの霞をとらえた歌で、人麻呂歌集の春の一連に夕べの景が繰り返し現れる。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「玉かぎる」は「夕」にかかる枕詞である。玉がほのかに光る意から、夕方のほのかな光を連想させる。
二句「夕さり来れば」は夕方になってくるとの意である。「さる」は時が移ってくる意で、前歌の「春されば」と同じ語を用いる。
三句「さつ人の」は「弓」にかかる枕詞である。「さつ人」は猟師のことで、猟師が弓を持つことから「弓月」を導く。
四句「弓月が岳に」は巻向山の最高峰とされる山である。第千八百十三首、第千八百十五首に続いて巻向周辺を舞台とする。
結句「霞たなびく」は体言止めに近い言い切りで、夕暮れの山にかかる霞の静かな景を描いて結んでいる。
さつひと:狩りをする人。猟師
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
子らが手を巻向山に春されば 木の葉しのぎて霞たなびく
- 次の歌
-
今朝行きて明日には来なむと云子鹿丹 朝妻山に霞たなびく