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今朝行きて明日には来なむと云子鹿丹
朝妻山に霞たなびく

歌の意味
今朝出かけて行って明日には帰って来ようと(三句は訓みが定まらない)、朝妻山に霞がたなびいている。
鑑賞
巻第十 春雑歌 1817

詞書は前の歌に続き「春雑歌」
 朝妻山にたなびく霞を詠んだ歌で、上の句は「朝妻」という地名を導くための序の働きをしていると考えられる。夫が今朝出かけて明日には戻ると言い残した妻、という連想から「朝妻」を導き出したものとみられ、春の景に夫婦の別れと再会の思いがほのかに重なっている。
 作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
 三句の原文「云子鹿丹」は古来訓みが定まらない難訓の句であり、原典の仮名の行でも訓みが示されていない。ここでは原典の訓読の表記をそのまま掲げ、意味は上の句全体の趣旨から読み取るにとどめる。

 初句「今朝行きて」は今朝出かけて行っての意である。人の出立を示し、以下の上の句全体で「朝妻」を導く序をなす。
 二句「明日には来なむと」の「な」は完了の助動詞「ぬ」の未然形、「む」は意志を表す。明日にはきっと帰ろうと言い置く言葉である。
 三句「云子鹿丹」は訓みの定まらない句である。「と言ふ」の意を含むと考えられ、言い置いて出た夫を待つ妻の姿を思わせる部分とみられる。
 四句「朝妻山に」は大和の葛城山麓、現在の奈良県御所市朝妻にある山である。上の句の夫婦の情景を受けて地名が導かれる。
 結句「霞たなびく」は一連に共通する結句で、第千八百十六首と同じく山にかかる霞を描いて結ぶ。

あさづまやま:大和国葛城の朝妻にある山
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
玉かぎる夕さり来ればさつ人の 弓月が岳に霞たなびく
次の歌
子らが名に懸けのよろしき朝妻の 片山崖に霞たなびく