朝霧にしののに濡れて呼子鳥
三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ
- 歌の意味
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朝霧にしっとりと濡れて、呼子鳥が三船の山から鳴きながら飛び渡って行くのが見える。
- 鑑賞
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巻第十 春雑歌 1831
詞書は前の歌に続き「鳥を詠む」
朝霧にしっとりと濡れながら、三船の山から鳴き渡る呼子鳥の姿を詠み、鳥を詠む一連を締めくくる歌である。朝霧、濡れた羽、山を越える鳥という景を、見えるままに大きくとらえている。本巻の第千八百二十七首が声によって呼子鳥の移動を知ったのに対し、この歌は「見ゆ」と目でとらえており、聴覚と視覚の対照をなしている。
初句「朝霧に」は朝の霧にの意である。朝の清々しい空気の中に景を設定している。
二句「しののに濡れて」の「しののに」はしっとりと、ぐっしょりとの意である。霧に濡れた鳥の姿を細やかに描いている。
三句「呼子鳥」は主格である。第千八百二十二首、第千八百二十七首、第千八百二十八首に続き、一連に四度目の呼子鳥が登場する。
四句「三船の山ゆ」の「三船の山」は吉野の宮滝の南にある山で、「ゆ」は経由、起点を表す格助詞である。
結句「鳴き渡る見ゆ」の「見ゆ」は見えるの意である。第千八百二十七首の「鳴き行くなる」が声で知る表現であったのに対し、ここでは姿を目にとらえて結んでいる。
みふねのやま:吉野の宮滝の南にある山
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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うち靡く春さり来れば小竹の末に 尾羽打ち触れて鴬鳴くも
- 次の歌
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うち靡く春さり来ればしかすがに 天雲霧らひ雪は降りつつ