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昨日こそ年は果てしか春霞
春日の山に早立ちにけり

歌の意味
つい昨日、年は終わったばかりなのに、春霞が春日の山にもう立ちこめていることだ。
鑑賞
巻第十 春雑歌 1843

詞書「霞を詠む」
 年が明けたばかりなのに、春日の山にもう春霞が立っていることへの驚きを詠んだ歌で、題詞「霞を詠む」の一連の最初に置かれる。旧年から新年への一日の変化と、それに応じて素早く現れた春霞とを対比し、季節の移り変わりの早さに感動している。巻頭の第千八百十二首と同じく霞によって春を知る歌であり、霞の一連は巻頭の人麻呂歌集の霞の歌と呼応している。

 初句「昨日こそ」の「こそ」は強意の係助詞で、二句の「しか」と係り結びをなす。昨日という近さを強調している。
 二句「年は果てしか」の「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、初句の「こそ」の結びである。已然形で言い切って逆接の意を含ませ、昨日年が終わったばかりなのにの意となる。
 三句「春霞」は主格で、次の「春日」と「春」の音を重ねて調べを整えている。
 四句「春日の山に」は奈良の都の東にある春日山である。都人にとって身近な山に春の兆しが現れたことを示す。
 結句「早立ちにけり」の「けり」は気づきの詠嘆である。もう霞が立っていたと気づいた驚きを示して結ぶ。

はつ:終わる。尽きる
出典
万葉集
前の歌
雪をおきて梅をな恋ひそあしひきの 山片付きて家居せる君
次の歌
冬過ぎて春来るらし朝日さす 春日の山に霞たなびく