霜枯れの冬の柳は見る人の
かづらにすべく萌えにけるかも
- 歌の意味
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霜に枯れていた冬の柳は、見る人が髪飾りにできるほどに芽吹いてきたことだ。
- 鑑賞
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巻第十 春雑歌 1846
詞書「柳を詠む」
霜に枯れていた冬の柳が、人が髪飾りにできるほどに芽吹いた喜びを詠んだ歌で、題詞「柳を詠む」の一連の最初に置かれる。枯れた冬の姿と萌え出た春の姿とを一首の中で対比し、生命の蘇りに感動している。本巻の第千八百四十七首から第千八百四十九首まで「萌えにけるかも」の結句が続き、柳の一連の中心となる表現を最初に示す歌である。
初句「霜枯れの」は霜に当たって枯れたの意である。冬の厳しさを示し、春の萌え出る姿との対比を準備している。
二句「冬の柳は」は冬の間の柳はの意で、「は」によって主題が示される。
三句「見る人の」は見る人がの意で、次の「かづら」にかかる。柳を賞でる人の存在を示す。
四句「かづらにすべく」の「かづら」は草木の枝や蔓を輪にして髪に飾るもので、「べく」は可能を表す。髪飾りにできるほど枝が伸びたことを示す。
結句「萌えにけるかも」の「けり」は気づきの詠嘆、「かも」は詠嘆の終助詞である。この結句は本巻の第千八百四十七首から第千八百四十九首まで繰り返され、柳の一連を貫いている。
かづら:草木の枝や蔓を輪にして髪に飾るもの
もゆ:芽が出る。芽吹く
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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鴬の春になるらし春日山 霞たなびく夜目に見れども
- 次の歌
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浅緑染め懸けたりと見るまでに 春の柳は萌えにけるかも