- 歌の意味
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毎朝私が見ている柳よ、鴬が来てとまって鳴くことができるように、早く森のように茂っておくれ。
- 鑑賞
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巻第十 春雑歌 1850
詞書は前の歌に続き「柳を詠む」
毎朝眺めている柳に、鴬が来て鳴くほど早く茂ってほしいと呼びかける歌である。芽吹いたばかりの柳の成長を楽しみに待つ心と、鴬の声への期待が素直に表れている。前の四首が柳の芽吹きを喜んだのに対し、この歌はさらにその先の茂りを願っており、柳の一連の中で時間が一歩進んでいる。一本の柳に「森」になれと願う、一本と森という尺度の対比も印象的である。
初句「朝な朝な」は毎朝毎朝の意である。日々柳を見守る作者の習慣を示している。
二句「我が見る柳」は私が見る柳の意で、呼びかけの対象となっている。
三句「鴬の」は次の句の主語である。鳥の一連の主題であった鴬が柳の一連にも現れ、本巻の第千八百十九首の柳と鴬の取り合わせと呼応する。
四句「来居て鳴くべく」の「来居る」は来てとまる意、「べく」は可能を表す。鴬が来て鳴けるほどにという程度を示す。
結句「森に早なれ」の「なれ」は命令形である。一本の柳に森になれと呼びかける大胆な表現で、成長への強い願いを示して結ぶ。
きゐる:来てとまる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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山の際の雪は消ずあるをみなぎらふ 川の沿ひには萌えにけるかも
- 次の歌
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青柳の糸のくはしさ春風に 乱れぬい間に見せむ子もがも