花咲きて実はならねども長き日に
思ほゆるかも山吹の花
- 歌の意味
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花は咲いても実はならないけれども、長い間心にかかって思われることだ、山吹の花は。
- 鑑賞
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巻第十 春雑歌 1860
詞書は前の歌に続き「花を詠む」
花は咲いても実を結ばない山吹を、長い間心にかけて思い続けることを詠んだ歌である。実のならない山吹に、結ばれることのない恋を重ねて読むことができ、それでもなお思い続ける一途な心がうかがえる。花の一連の中で梅と桜に続き山吹が現れ、春の花の移り変わりが示されている。
初句「花咲きて」は花が咲いての意である。山吹の花の美しさを示している。
二句「実はならねども」の「ね」は打ち消しの「ず」の已然形、「ども」は逆接である。八重山吹が実を結ばないことを踏まえている。
三句「長き日に」は長い間の意で、「日」は日数、期間を表す。
四句「思ほゆるかも」の「かも」は詠嘆で、ここで四句切れとなる。自然に心に思われてくることを示す。
結句「山吹の花」は倒置によって思いの対象を最後に示した体言止めである。
け:日。日数、期間
やまぶき:バラ科の低木。晩春に黄色の花を咲かせる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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馬並めて多賀の山辺を白栲に にほはしたるは梅の花かも
- 次の歌
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能登川の水底さへに照るまでに 御笠の山は咲きにけるかも