- 歌の意味
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雉の鳴く高円のあたりに、桜の花が散って流れるように舞っている。見てくれる人がいればよいのに。
- 鑑賞
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巻第十 春雑歌 1866
詞書は前の歌に続き「花を詠む」
雉の鳴く高円の野に散り流れる桜の花を、誰かに見せたいと願う歌である。桜の散る美しさを一人で見ることの物足りなさが、「見む人もがも」の願いとなって表れている。本巻の第千八百五十一首の「見せむ子もがも」と同じく、美しい景を分かち合う相手を求める歌で、前の第千八百六十三首の「見る人なしに」とも通じる思いである。
初句「雉鳴く」は雉の鳴くの意である。春の野の鳥の声によって、場面を生き生きと示している。
二句「高円の辺に」の「高円」は奈良の都の東南にある地で、高円山のふもとの野である。
三句「桜花」は花の一連の主役となってきた桜である。
四句「散りて流らふ」の「流らふ」は流れるように舞い続ける意で、「ふ」は継続を表す。ここで四句切れとなる。
結句「見む人もがも」の「もがも」は願望の終助詞である。この景を見る人がいればよいのにと願って結ぶ。
きぎし:雉
ながらふ:流れるように続く。流れ続ける
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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うち靡く春さり来らし山の際の 遠き木末の咲きゆく見れば
- 次の歌
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阿保山の桜の花は今日もかも 散り乱ふらむ見る人なしに