阿保山の桜の花は今日もかも
散り乱ふらむ見る人なしに
- 歌の意味
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阿保山の桜の花は、今日も散り乱れているのだろうか、見る人もないままに。
- 鑑賞
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巻第十 春雑歌 1867
詞書は前の歌に続き「花を詠む」
遠く離れた阿保山の桜が、今日も見る人のないまま散り乱れているだろうと思いやる歌である。目の前にない花を想像し、その散る姿を惜しむ心には、阿保山を訪れることのできない作者の境遇もうかがえる。本巻の第千八百六十三首と同じ結句「見る人なしに」をもち、見る人のない花を惜しむ思いが花の一連に繰り返されている。
初句「阿保山の」の「阿保山」は奈良市の北方、佐保山の西に続く山とされる。
二句「桜の花は」は主題を示す。前歌に続き桜の散る姿を詠む。
三句「今日もかも」の「かも」は疑問の係助詞で、結句の「らむ」と係り結びをなす。今日もまたと、日々散り続ける花を思いやる。
四句「散り乱ふらむ」の「乱ふ」は入り乱れる意、「らむ」は現在推量で、見えない場所の今の様子を推し量っている。
結句「見る人なしに」は第千八百六十三首と同じ結句で、倒置によって花の寂しさを最後に示している。
あほやま:大和国の山。佐保山の西に続くとされる
まがふ:入り乱れる。見分けがつかなくなる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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雉鳴く高円の辺に桜花 散りて流らふ見む人もがも
- 次の歌
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かはづ鳴く吉野の川の滝の上の 馬酔木の花ぞはしに置くなゆめ