春日野の浅茅が上に思ふどち
遊ぶ今日の日忘らえめやも
- 歌の意味
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春日野の浅茅の上で、気の合う仲間どうしで遊ぶ今日のこの日を、忘れることなどあろうか。
- 鑑賞
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巻第十 春雑歌 1880
詞書「野遊」
春日野の浅茅の上で親しい仲間と遊んだ今日の日の楽しさを、忘れることはないと言い切る歌で、題詞「野遊」の一連の最初に置かれる。春の野遊びという都人の行楽の喜びが率直に表れている。前歌で娘たちの若菜摘みを遠く眺めた春日野を舞台に、今度は作者自身が仲間と野に遊んでいる。
初句「春日野の」は前歌と同じ春日野で、二首が舞台を共有している。
二句「浅茅が上に」の「浅茅」は丈の低い茅萱である。春の野の若草の上に座って遊ぶ様子を示す。
三句「思ふどち」の「どち」は仲間、同士の意で、気の合う仲間の意となる。次の第千八百八十二首にも同じ語が見える。
四句「遊ぶ今日の日」は遊ぶ今日のこの日の意で、字余りの句である。
結句「忘らえめやも」の「え」は可能、「めやも」は反語である。忘れられようか、いや忘れられないと強く言い切って結ぶ。
あさぢ:丈の低い茅萱
どち:仲間。同士
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春日野に煙立つ見ゆ娘子らし 春野のうはぎ摘みて煮らしも
- 次の歌
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春霞立つ春日野を行き返り 我れは相見むいや年のはに