古典和歌stream

春霞立つ春日野を行き返り
我れは相見むいや年のはに

歌の意味
春霞の立つ春日野を行き来して、私はこの野を見よう、いよいよ毎年毎年。
鑑賞
巻第十 春雑歌 1881

詞書は前の歌に続き「野遊」
 春霞の立つ春日野を、これから毎年訪れて見続けようと誓う歌である。前歌の今日の日を忘れないという思いを受けて、この歌はさらに毎年の再訪を願っており、一日の喜びが年々の繰り返しへと広げられている。一日と歳月という尺度の対比が、野遊びの一連の中に見られる。

 初句「春霞」は春に立つ霞で、春日野の景を彩っている。
 二句「立つ春日野を」は霞の立つ春日野をの意で、前歌と同じ舞台を示している。
 三句「行き返り」は行ったり来たりしての意である。野を何度も訪れることを示す。
 四句「我れは相見む」の「む」は意志である。春日野を見続けようという決意を示し、ここで四句切れとなる。
 結句「いや年のはに」の「いや」はいよいよ、ますますの意、「年のは」は毎年の意である。倒置によって年々の繰り返しを最後に示して結ぶ。

としのは:毎年。年ごと
出典
万葉集
前の歌
春日野の浅茅が上に思ふどち 遊ぶ今日の日忘らえめやも
次の歌
春の野に心延べむと思ふどち 来し今日の日は暮れずもあらぬか