- 歌の意味
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春の山で連れ立つ鴬が鳴き別れるように、泣きながら別れてお帰りになる間も、私のことを思っていてください。
- 鑑賞
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巻第十 春相聞 1890
詞書「春相聞」
春の山で連れ立って鳴く鴬の姿に、泣く泣く別れて帰っていく恋人を重ね、道中も自分のことを思っていてほしいと願う歌で、春相聞の最初に置かれる。上の句の友鴬の「鳴き」が、別れの「泣き」を導く序となっており、春の景物に別れの悲しみを託している。春雑歌で春の喜びとして詠まれた鴬の声が、相聞では別れの涙の声として詠まれている。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「春山の」は春の山のの意である。
二句「友鴬の」は連れ立っている鴬の意である。つがいの鴬を恋人どうしに重ねている。
三句「泣き別れ」は鴬の「鳴き」と人の「泣き」とを掛けた語で、上の句はこの語を導く序の働きをしている。
四句「帰ります間も」の「ます」は尊敬の補助動詞である。相手が帰っていく道中を思いやっている。
結句「思ほせ我れを」の「思ほす」は「思ふ」の尊敬語で、命令形「思ほせ」によって願いを示す。倒置によって「我れを」を最後に置き、自分を忘れないでほしいという思いを強めている。
ともうぐひす:連れ立っている鴬
なきわかる:鳴きながら別れる意に、泣きながら別れる意を掛ける
おもほす:「思ふ」の尊敬語
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が宿の毛桃の下に月夜さし 下心よしうたてこのころ
- 次の歌
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冬こもり春咲く花を手折り持ち 千たびの限り恋ひわたるかも