出でて見る向ひの岡に本茂く
咲きたる花のならずはやまじ
- 歌の意味
-
外に出て見る向かいの岡に、根元までびっしりと咲いている花が実を結ばずに終わることはあるまい。
- 鑑賞
-
巻第十 春相聞 1893
詞書は前の歌に続き「春相聞」
向かいの岡に根元まで茂って咲く花が、必ず実を結ぶように、この恋もきっと実を結ぶはずだと詠んだ歌である。花が実となることを恋の成就にたとえ、恋の行方への強い確信と願いとを示している。本巻の第千八百六十首の実のならない山吹が結ばれない恋を思わせたのに対し、この歌は実を結ぶ花に恋の成就を託しており、対照的な関係にある。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「出でて見る」は外に出て見るの意である。
二句「向ひの岡に」は向かいの岡にの意で、日々眺める身近な景を示す。
三句「本茂く」は根元まで茂っての意である。花が豊かに咲いている様子を示す。
四句「咲きたる花の」の「たる」は存続の助動詞「たり」の連体形である。
結句「ならずはやまじ」は実を結ばずには終わるまいの意で、「じ」は打ち消し推量である。恋の成就への確信を示して結ぶ。
なる:実を結ぶ。恋が成就する意を重ねる
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
春山の霧に惑へる鴬も 我れにまさりて物思はめやも
- 次の歌
-
霞立つ春の長日を恋ひ暮らし 夜も更けゆくに妹も逢はぬかも