春さればもずの草ぐき見えずとも
我れは見やらむ君があたりをば
- 歌の意味
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春になると百舌鳥が草にもぐって姿が見えなくなるように、あなたの姿が見えなくても、私はあなたの住むあたりを眺めやろう。
- 鑑賞
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巻第十 春相聞 1897
詞書「鳥に寄す」
春になると百舌鳥が草の中にもぐって見えなくなることを序として、恋人の姿は見えなくとも、その住むあたりを眺め続けようと詠んだ歌で、題詞は「鳥に寄す」である。見えない相手を思い続ける一途な心が、草陰に隠れた鳥の姿に重ねられている。春雑歌の鳥の一連が鳥の声を喜んだのに対し、相聞では鳥の見えない姿が恋人の不在を思わせるものとして詠まれている。
初句「春されば」は春になるとの意である。
二句「もずの草ぐき」は百舌鳥が草にもぐることを言い、秋には目立つ百舌鳥が春には草に隠れて見えなくなるという観察に基づく。上の句は「見えず」を導く序となっている。
三句「見えずとも」の「とも」は逆接の仮定を表し、見えなくてもの意である。
四句「我れは見やらむ」の「見やる」は遠くを眺める意、「む」は意志である。
結句「君があたりをば」の「をば」は強調を表し、字余りの句である。倒置によって眺める対象を最後に強く示している。
もず:百舌鳥。秋に高い声で鳴く鳥
くさぐき:草の中にもぐること
みやる:遠くを眺める
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春さればしだり柳のとををにも 妹は心に乗りにけるかも
- 次の歌
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貌鳥の間なくしば鳴く春の野の 草根の繁き恋もするかも