我が背子に恋ひてすべなみ春雨の
降るわき知らず出でて来しかも
- 歌の意味
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あなたが恋しくてどうしようもなく、春雨が降っているのもかまわずに、家を出てやって来たことだ。
- 鑑賞
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巻第十 春相聞 1915
詞書「雨に寄す」
恋人が恋しくてたまらず、春雨の降るのも気づかぬまま家を出てきてしまったと詠んだ歌で、題詞は「雨に寄す」である。恋の一途さが、雨を意に介さない行動となって表れている。本巻の第千八百七十七首が春雨に足止めされて恋人に会えなかった歌であるのに対し、この歌は春雨をものともせずに出かけており、雨と恋をめぐって対照的な関係にある。
初句「我が背子に」は女性が恋人を親しんで呼ぶ語で、作者が女性の立場にあることを示す。
二句「恋ひてすべなみ」の「すべなみ」はどうしようもないのでの意で、「み」は原因を表す接尾語である。
三句「春雨の」は次の「降る」の主語である。
四句「降るわき知らず」の「わき」は区別、けじめの意で、降っているかどうかもわからずにの意となる。
結句「出でて来しかも」の「し」は過去の「き」の連体形、「かも」は詠嘆である。雨の中を出てきた自分に気づく心を示して結ぶ。
わき:区別。けじめ
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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恋ひつつも今日は暮らしつ霞立つ 明日の春日をいかに暮らさむ
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今さらに君はい行かじ春雨の 心を人の知らずあらなくに