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国栖らが春菜摘むらむ司馬の野の
しばしば君を思ふこのころ

歌の意味
国栖の人々が春菜を摘んでいるだろう司馬の野の、その名のように、しばしばあなたを思うこのごろである。
鑑賞
巻第十 春相聞 1919

詞書「草に寄す」
 国栖の人々が春菜を摘む司馬の野を序として、しばしば恋人を思うこのごろの心を詠んだ歌で、題詞は「草に寄す」である。「司馬(しま)の野」の音が「しばしば」を導いており、吉野の山人の若菜摘みという鄙びた景が、恋の思いのしきりさを印象づけている。春雑歌の第千八百七十九首で詠まれた若菜摘みの習俗が、相聞では恋の序として用いられている。

 初句「国栖らが」の「国栖」は吉野の山中に住んだ人々で、宮廷に土地の産物や歌舞を奉った。
 二句「春菜摘むらむ」の「らむ」は現在推量である。遠い吉野の地の今の様子を思いやっている。
 三句「司馬の野の」は吉野の地名とされ、字余りの句である。上の句は同音の「しばしば」を導く序となっている。
 四句「しばしば君を」はたびたびあなたをの意で、三句の「しま」と音を響かせている。
 結句「思ふこのころ」はこのごろ思うの意で、体言止めによって現在の心境を示して結ぶ。

くず:吉野の山中に住んだ人々。宮廷に土地の産物や歌舞を奉った
はるな:春に摘む若菜
しまのの:吉野の地名とされる
出典
万葉集
前の歌
梅の花散らす春雨いたく降る 旅にや君が廬りせるらむ
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春草の繁き我が恋大海の 辺に行く波の千重に積もりぬ