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川の上のいつ藻の花のいつもいつも
来ませ我が背子時じけめやも

歌の意味
川のほとりのいつ藻の花のように、いつもいつもおいでください、あなた。いつだって時ならぬことがあるでしょうか。
鑑賞
巻第十 春相聞 1931

詞書は前の歌に続き「問答」
 前歌の逢わないことを嘆く歌に対し、いつでも来てほしい、いつ来ても時ならぬことなどないと答えた歌で、前歌の第千九百三十首と問答をなす。「いつ藻」の音から「いつもいつも」を導き、繰り返しの響きに、いつでも待っているという心が込められている。前歌が花の咲かない海藻を持ち出したのに対し、この歌は花の咲く川藻で答えており、海と川、咲かぬ花と咲く花の対照が見られる。

 初句「川の上の」は川のほとりのの意で、字余りの句である。
 二句「いつ藻の花の」の「いつ藻」は川に生える藻とされる。上の句は同音の「いつも」を導く序となっている。
 三句「いつもいつも」は字余りの句で、繰り返しによっていつでもという思いを強めている。
 四句「来ませ我が背子」の「ませ」は尊敬の命令形で、おいでくださいの意である。
 結句「時じけめやも」の「時じ」は時節に合わない意、「めやも」は反語で、時ならぬことがあろうか、いやないの意である。いつ来てもよいと答えて結ぶ。

いつも:川に生える藻とされる。「いつも」の音を導く
出典
万葉集
前の歌
梓弓引津の辺なるなのりその 花咲くまでに逢はぬ君かも
次の歌
春雨のやまず降る降る我が恋ふる 人の目すらを相見せなくに