藤波の散らまく惜しみ霍公鳥
今城の岡を鳴きて越ゆなり
- 歌の意味
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藤の花が散ることを惜しんで、ほととぎすが今城の岡を鳴きながら越えて行くようだ。
- 鑑賞
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巻第十 夏雑歌 1944
詞書は前の歌に続き「鳥を詠む」
藤の花が散るのを惜しむかのように、ほととぎすが今城の岡を鳴きながら越えて行く様子を詠んだ歌である。鳥の鳴き声に花を惜しむ心を認め、晩春から初夏にかけての景を情感豊かにとらえている。本巻の第千九百五十七首にも「卯の花の散らまく惜しみ霍公鳥」とあり、花を惜しんで鳴くほととぎすの趣向が一連の中で繰り返されている。
初句「藤波の」は藤の花房が波のように揺れる様子を表す語で、藤の花を指す。
二句「散らまく惜しみ」の「まく」は推量の「む」のク語法、「惜しみ」は惜しむのでの意である。
三句「霍公鳥」は主語である。花を惜しむ心をもつ鳥として擬人化されている。
四句「今城の岡を」の「今城」は吉野郡大淀町今木とする説などがある。
結句「鳴きて越ゆなり」の「なり」は伝聞推定の助動詞で、声によって鳥の移動を知る様子を示して結ぶ。
ふぢなみ:藤の花房が波のように揺れるさま。藤の花
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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月夜よみ鳴く霍公鳥見まく欲り 我れ草取れり見む人もがも
- 次の歌
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朝霧の八重山越えて霍公鳥 卯の花辺から鳴きて越え来ぬ