- 歌の意味
- ほととぎすが花橘の枝にとまって鳴き響かせるので、花は次々と散っていく。
- 鑑賞
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巻第十 夏雑歌 1950
詞書は前の歌に続き「鳥を詠む」
花橘の枝にとまって鳴くほととぎすの声に、花が次々と散っていく様子を詠んだ歌である。ほととぎすと花橘は夏の景物の代表的な取り合わせで、鳥の声と散る花とが一つの情景に溶け合っている。春雑歌の第千八百七十三首が鴬が梅の花を散らす景を詠んだのに対し、この歌は夏のほととぎすが橘の花を散らす景を詠んでおり、季節を違えた対応が見られる。
初句「霍公鳥」は主語である。
二句「花橘の」は花の咲いている橘の意である。ほととぎすと取り合わせられる夏の花である。
三句「枝に居て」は枝にとまっての意である。
四句「鳴き響もせば」の「響もす」は響かせる意、「ば」は確定条件である。
結句「花は散りつつ」の「つつ」は継続で、鳴き声につれて花が散り続ける情景を余情とともに示して結ぶ。
はなたちばな:花の咲いている橘
とよもす:響かせる
- 出典
- 万葉集
- 前の歌
- 霍公鳥今朝の朝明に鳴きつるは 君聞きけむか朝寐か寝けむ
- 次の歌
- うれたきや醜霍公鳥今こそば 声の嗄るがに来鳴き響めめ