うれたきや醜霍公鳥今こそば
声の嗄るがに来鳴き響めめ
- 歌の意味
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いまいましいことよ、このろくでなしのほととぎすめ。今こそ、声が嗄れるほどに来て鳴き響かせるがよいのに。
- 鑑賞
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巻第十 夏雑歌 1951
詞書は前の歌に続き「鳥を詠む」
待っている時には鳴かないほととぎすを「醜霍公鳥」とののしり、今こそ声が嗄れるほど鳴けと詰め寄る歌である。恋人を待つ場面など、鳥の声がほしい時に限って鳴かないいらだちが、激しい言葉に表れている。親しみを込めた悪態とも読め、鳥への期待の大きさの裏返しとなっている。前歌までの鳴き声をたたえる歌とは対照的な、ほととぎすをなじる一首である。
初句「うれたきや」の「うれたし」はいまいましい、腹立たしい意、「や」は詠嘆である。
二句「醜霍公鳥」の「醜」はののしりの意を表す接頭語的な語である。ろくでなしのほととぎすめの意となる。
三句「今こそば」の「こそ」は強意の係助詞で、結句の「め」と係り結びをなす。「ば」は強調を添える。
四句「声の嗄るがに」の「がに」はほどにの意である。声が嗄れるほどにと激しい程度を示す。
結句「来鳴き響めめ」の「め」は「む」の已然形で、三句の「こそ」の結びである。今こそ鳴けと強く命じるような調子で結ぶ。
しこ:醜いもの。ののしって言う語
かる:声がかすれる。嗄れる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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霍公鳥花橘の枝に居て 鳴き響もせば花は散りつつ
- 次の歌
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今夜のおほつかなきに霍公鳥 鳴くなる声の音の遥けさ