- 歌の意味
- ほととぎすが来て鳴き響かせる橘の、花の散る庭を見る人は誰であろうか。
- 鑑賞
-
巻第十 夏雑歌 1968
詞書は前の歌に続き「花を詠む」
ほととぎすの鳴く中で橘の花が散る庭を、一緒に見る人は誰なのだろうと問いかける歌である。美しい夏の庭を眺めながら、その景を共にする人がいない寂しさがにじんでいる。春雑歌の第千八百六十六首や夏雑歌の第千九百四十三首の「見む人もがも」と同じく、美しい景を分かち合う人を求める思いが見られる。
初句「霍公鳥」は主語である。
二句「来鳴き響もす」は来て鳴き響かせるの意である。
三句「橘の」は次の「花」にかかる。
四句「花散る庭を」は花の散る庭をの意である。本巻の第千九百五十首の、鳴き声で花橘が散る景と通じている。
結句「見む人や誰れ」の「や」は疑問の係助詞である。見る人は誰かと問い、共に見る人のない寂しさを示して結ぶ。
とよもす:響かせる
- 出典
- 万葉集
- 前の歌
- かぐはしき花橘を玉に貫き 贈らむ妹はみつれてもあるか
- 次の歌
- 我が宿の花橘は散りにけり 悔しき時に逢へる君かも