我妹子に楝の花は散り過ぎず
今咲けるごとありこせぬかも
- 歌の意味
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恋しいあの子に逢うという名の楝の花は、散り過ぎないで、今咲いているままであってくれないものか。
- 鑑賞
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巻第十 夏雑歌 1973
詞書は前の歌に続き「花を詠む」
楝の花に、散り過ぎずに今の咲いたままであってほしいと願う歌である。「楝(あふち)」の音に「逢ふ」が掛けられ、初句の「我妹子に」から「あふ」を導いており、恋人に逢う時まで花が盛りであってほしいという思いが込められている。花の一連の中で、橘やなでしこに続いて楝の花が詠まれている。
初句「我妹子に」は恋しい人にの意で、次の「あふち」の「あふ」に続いて、恋人に逢うの意を響かせている。
二句「楝の花は」の「楝」はセンダンの古名で、初夏に淡紫色の花を咲かせる。「逢ふ」を掛けている。
三句「散り過ぎず」は散り過ぎないでの意である。
四句「今咲けるごと」は今咲いているようにの意で、「る」は存続である。
結句「ありこせぬかも」の「こせ」は願望を表す補助動詞「こす」の未然形、「ぬかも」は打ち消しの疑問で願望を表す。
あふち:センダンの古名。「逢ふ」の意を掛ける
こす:してほしいと願う意を表す
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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野辺見ればなでしこの花咲きにけり 我が待つ秋は近づくらしも
- 次の歌
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春日野の藤は散りにて何をかも み狩の人の折りてかざさむ