春日野の藤は散りにて何をかも
み狩の人の折りてかざさむ
- 歌の意味
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春日野の藤はもう散ってしまって、薬狩りの人々は何を折って髪に挿すのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十 夏雑歌 1974
詞書は前の歌に続き「花を詠む」
春日野の藤が散ってしまった今、薬狩りに出る人々は何を手折って髪に飾るのだろうかと思いやる歌である。五月五日の薬狩りの行事に、花を髪に挿す風俗があったことがうかがえる。季節の花の盛りが過ぎたことを惜しむ心と、行事の華やぎを思う心とが重なっている。
初句「春日野の」は奈良の都の東にある春日野のの意である。
二句「藤は散りにて」は藤はもう散ってしまっての意で、「に」は完了である。
三句「何をかも」の「かも」は疑問の係助詞で、結句の「む」と係り結びをなす。
四句「み狩の人の」の「み狩」は五月五日に行われた薬狩りを指すとされる。字余りの句である。
結句「折りてかざさむ」の「かざす」は花や枝を髪に挿す意である。何を挿すのだろうかと思いやって結ぶ。
みかり:狩りの敬称。ここでは五月五日の薬狩りとされる
かざす:草木の花や枝を髪に挿す
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我妹子に楝の花は散り過ぎず 今咲けるごとありこせぬかも
- 次の歌
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時ならず玉をぞ貫ける卯の花の 五月を待たば久しくあるべみ