霍公鳥来鳴く五月の短夜も
ひとりし寝れば明かしかねつも
- 歌の意味
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ほととぎすが来て鳴く五月の短い夜も、ひとりで寝ると、明かしかねることだ。
- 鑑賞
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巻第十 夏相聞 1981
詞書は前の歌に続き「鳥に寄す」
ほととぎすの鳴く五月の短い夜でさえ、ひとり寝では長く感じられて明かしかねると嘆く歌である。夏の夜の短さという事実と、独り寝の夜の長さという心の実感との対比が、恋しさの深さを浮かび上がらせている。春相聞で繰り返された長い春の日の嘆きに対し、夏相聞では短い夏の夜の長さを嘆いており、日と夜、長さと短さの対照が見られる。
初句「霍公鳥」は夏の鳥で、五月の夜の景を示す。
二句「来鳴く五月の」は来て鳴く五月のの意である。
三句「短夜も」は短い夏の夜もの意で、「も」はさえの意を含む。
四句「ひとりし寝れば」の「し」は強意の副助詞である。独り寝の寂しさを強調している。
結句「明かしかねつも」の「かぬ」はしきれない意、「つ」は完了、「も」は詠嘆である。夜を明かしかねる嘆きを示して結ぶ。
みじかよ:短い夜。夏の夜
あかす:夜を明かす
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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五月山花橘に霍公鳥 隠らふ時に逢へる君かも
- 次の歌
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ひぐらしは時と鳴けども片恋に たわや女我れは時わかず泣く