我れのみやかく恋すらむかきつはた
丹つらふ妹はいかにかあるらむ
- 歌の意味
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私だけがこのように恋しく思っているのだろうか。杜若のように頬の美しいあの子は、どう思っているのだろう。
- 鑑賞
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巻第十 夏相聞 1986
詞書は前の歌に続き「草に寄す」
自分ばかりが恋しく思っているのではないかと疑い、美しい恋人の心を思いやる歌で、草に寄する一連を締めくくる。杜若の鮮やかな花の色が恋人の頬の美しさを思わせ、その美しい人の心がわからない不安が表れている。本巻の第千九百三十四首のような片思いの嘆きに通じる思いが、夏の花に託されている。
初句「我れのみや」の「や」は疑問の係助詞で、二句の「らむ」と係り結びをなす。
二句「かく恋すらむ」の「らむ」は現在推量である。ここで二句切れとなる。
三句「かきつはた」は杜若のことで、「丹つらふ」にかかる枕詞的な働きをしている。
四句「丹つらふ妹は」の「丹つらふ」は頬が赤く照り映える意である。
結句「いかにかあるらむ」の「か」は疑問の係助詞で、「らむ」の連体形と係り結びをなす。相手の心を思いやって結ぶ。
かきつはた:杜若。アヤメ科の草花で、初夏に紫の花を咲かせる
につらふ:頬が赤く照り映える
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ま葛延ふ夏野の繁くかく恋ひば まこと我が命常ならめやも
- 次の歌
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片縒りに糸をぞ我が縒る我が背子が 花橘を貫かむと思ひて