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我れこそば憎くもあらめ我がやどの
花橘を見には来じとや

歌の意味
私のことこそ憎く思っているのでしょう。けれども、我が家の花橘を見にさえ来ないというのですか。
鑑賞
巻第十 夏相聞 1990

詞書は前の歌に続き「花に寄す」
 自分のことは憎く思っているのだろうが、せめて家の花橘を見には来てほしいと恋人をなじる歌である。自分を卑下するふりをしながら、花を口実に相手を呼び寄せようとする心の駆け引きがうかがえる。次歌の第千九百九十一首も「来じとや」で結び、花を口実に来訪を促す二首が並んでいる。

 初句「我れこそば」の「こそ」は強意の係助詞で、二句の「め」と係り結びをなす。
 二句「憎くもあらめ」の「め」は推量の「む」の已然形で、憎くもあろうがの意となる。逆接の含みで下に続く。
 三句「我がやどの」は私の家のの意である。
 四句「花橘を」は恋人を呼び寄せる口実となる花である。
 結句「見には来じとや」の「じ」は打ち消し意志、「とや」は問い詰める語である。花さえ見に来ないのかとなじって結ぶ。

やど:家。住まい
出典
万葉集
前の歌
卯の花の咲くとはなしにある人に 恋ひやわたらむ片思にして
次の歌
霍公鳥来鳴き響もす岡辺なる 藤波見には君は来じとや