古典和歌stream

天地と別れし時ゆ己が妻
しかぞ年にある秋待つ我れは

歌の意味
天と地が分かれた時から、自分の妻である。そのように年に一度ある秋を待っているのだ、私は。
鑑賞
巻第十 秋雑歌 2005

詞書は前の歌に続き「七夕」
 天地開闢の時から織女は自分の妻であり、だからこそ年に一度の秋を待ち続けていると、彦星が語る歌である。天地の始まりという壮大な時間の尺度と、年に一度の逢瀬という限られた時間とが対比され、永遠の恋の重みが示されている。本巻の第二千二首が神代からの恋を詠んだのと同じく、二星の恋を天地の始まりにまで遡らせている。
 作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。

 初句「天地と」は天と地とがの意である。
 二句「別れし時ゆ」の「ゆ」は起点を表し、天地の分かれた時からの意となる。
 三句「己が妻」は自分の妻の意で、ここで三句切れとなる。
 四句「しかぞ年にある」の「しか」はそのように、「ぞ」は強意である。年に一度ある、の意となる。
 結句「秋待つ我れは」は秋を待つ私はの意で、倒置によって待つ主体を最後に示している。

あめつち:天と地
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
己夫にともしき子らは泊てむ津の 荒礒巻きて寝む君待ちかてに
次の歌
彦星は嘆かす妻に言だにも 告げにぞ来つる見れば苦しみ