白玉の五百つ集ひを解きもみず
我は干しかてぬ逢はむ日待つに
- 歌の意味
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白玉をたくさん連ねた緒を解いてもみずに、私は袖を乾かしかねている。逢う日を待っているので。
- 鑑賞
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巻第十 秋雑歌 2012
詞書は前の歌に続き「七夕」
白玉をたくさん連ねた首飾りを解くこともせず、涙に濡れた袖を乾かしかねて逢う日を待つ織女の歌である。美しい装いのまま逢う日を待ち続ける姿と、涙の乾かぬ袖とに、待つ身の切なさが表れている。夏相聞の第千九百九十四首や第千九百九十五首の乾かない袖の歌と通じる表現である。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「白玉の」は白い玉、真珠の意である。
二句「五百つ集ひを」は数多く連ねたものをの意で、たくさんの玉を連ねた首飾りを指す。
三句「解きもみず」は解いてもみないでの意である。逢う日のために装いを整えたままでいることを示す。
四句「我は干しかてぬ」の「かてぬ」はできない意で、乾かすことができないの意となる。涙に濡れた袖を暗示する。
結句「逢はむ日待つに」は逢う日を待っているのでの意である。倒置によって理由を最後に示している。
いほつつどひ:数多く寄せ集めたもの
ほしかつ:乾かすことができる。「かてぬ」で乾かしかねる意となる
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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天の川い向ひ立ちて恋しらに 言だに告げむ妻と言ふまでは
- 次の歌
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天の川水蔭草の秋風に 靡かふ見れば時は来にけり