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万代にたづさはり居て相見とも
思ひ過ぐべき恋にあらなくに

歌の意味
万年もの間手を取り合って一緒にいて逢い続けたとしても、思いが晴れてしまうような恋ではないのに。
鑑賞
巻第十 秋雑歌 2024

詞書は前の歌に続き「七夕」
 万年も手を取り合って共に過ごしたとしても、思いが晴れることのない恋だと、二星の恋の深さを詠んだ歌である。永遠に等しい時間を仮定しても満たされない恋という誇張に、年に一度しか逢えない切なさがいっそう際立っている。前歌の「恋も過ぎねば」の「過ぐ」を受け、恋が過ぎ去ることはないという思いを万代の尺度で示している。
 作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。

 初句「万代に」は万年もの長い間の意である。
 二句「たづさはり居て」は手を取り合って一緒にいての意である。
 三句「相見とも」の「とも」は逆接の仮定で、逢い続けたとしてもの意となる。
 四句「思ひ過ぐべき」の「過ぐ」は思いが晴れる意で、前歌の「過ぎね」と同じ語である。
 結句「恋にあらなくに」の「なくに」は打ち消しのク語法に「に」の付いた形で、恋ではないのにの意である。

よろづよ:万年。永遠
たづさはる:手を取り合う。連れ添う
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
さ寝そめていくだもあらねば白栲の 帯乞ふべしや恋も過ぎねば
次の歌
万代に照るべき月も雲隠り 苦しきものぞ逢はむと思へど