万代に照るべき月も雲隠り
苦しきものぞ逢はむと思へど
- 歌の意味
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万年も照り続けるはずの月も雲に隠れてしまうように、逢えないのは苦しいものだ。逢おうと思うけれども。
- 鑑賞
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巻第十 秋雑歌 2025
詞書は前の歌に続き「七夕」
永遠に照るはずの月も雲に隠れることがあるように、逢おうと思っても逢えないことの苦しさを詠んだ歌である。月の雲隠れを逢瀬の妨げにたとえ、思いどおりにならない恋のつらさが表れている。前歌と同じく「万代に」で始まり、前歌が永遠の恋を詠んだのに対し、この歌は永遠のものにも障りがあることを詠んで対をなしている。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「万代に」は前歌と同じ初句である。
二句「照るべき月も」は照り続けるはずの月もの意である。
三句「雲隠り」は雲に隠れての意である。上の句は逢えない苦しさの比喩となっている。
四句「苦しきものぞ」の「ぞ」は強意で、苦しいものだと言い切り、ここで四句切れとなる。
結句「逢はむと思へど」の「ど」は逆接である。倒置によって逢おうと思う心を最後に示している。
くもがくる:雲に隠れる
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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万代にたづさはり居て相見とも 思ひ過ぐべき恋にあらなくに
- 次の歌
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白雲の五百重に隠り遠くとも 宵さらず見む妹があたりは