- 歌の意味
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天の川の安の川原で(三句以下は訓みが定まらない)。
- 鑑賞
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巻第十 秋雑歌 2033
詞書は前の歌に続き「七夕」
天の川の安の川原を詠んだ歌で、三句以下は原文の漢字表記のままで訓みが定まらない難訓歌である。原典の仮名の行でも三句以下の訓みは示されておらず、ここでは原典の訓読の表記をそのまま掲げる。左注に「この歌一首は庚辰の年に作る」とあり、庚辰の年は天武天皇九年(680)にあたるとされ、七夕歌の制作年代を示す貴重な記録である。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
本巻の第二千首と同じく「天の川安の」と日本神話の天の安河を詠んでおり、七夕伝説と日本の神話とが重ねられていることがうかがえる。人麻呂歌集の七夕歌の一連の最後に置かれた歌である。
初句「天の川」は二星を隔てる天上の川で、一連を通じて繰り返されてきた語である。
二句「安の川原」は日本神話の天の安河の川原である。第二千首の「安の渡り」と同じく、神話の地名を七夕の舞台に重ねている。
三句「定而」は訓みの定まらない句である。「定めて」の意を含むと考えられる。
四句「神競者」は訓みの定まらない句で、神々の競い合いに関わる内容とみる説がある。
結句「磨待無」も訓みの定まらない句である。上の句とともに難訓の部分をなし、意味は確定していない。
やすのかはら:日本神話の天の安河の川原
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
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一年に七日の夜のみ逢ふ人の 恋も過ぎねば夜は更けゆくも
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織女の五百機立てて織る布の 秋さり衣誰れか取り見む