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我がやどに咲ける秋萩常ならば
我が待つ人に見せましものを

歌の意味
我が家に咲いている秋萩がいつまでも変わらないものならば、私の待っている人に見せたいのに。
鑑賞
巻第十 秋雑歌 2112

詞書は前の歌に続き「花を詠む」
 家に咲く萩がいつまでも変わらずに咲いているのなら、待っている人に見せたいのにと、萩の花のはかなさを嘆く歌である。花の盛りの短さと、なかなか訪れない恋人とが重なり、美しい花を見せられないもどかしさが表れている。夏雑歌の第千九百六十九首の、花橘が散った後に恋人が来たという歌と通じる思いである。

 初句「我がやどに」は私の家にの意である。
 二句「咲ける秋萩」は咲いている秋萩の意である。
 三句「常ならば」はいつまでも変わらないならばの意で、「ば」は仮定を表す。
 四句「我が待つ人に」は私が待っている人にの意である。
 結句「見せましものを」の「まし」は反実仮想、「ものを」は逆接、詠嘆である。見せられないもどかしさを示して結ぶ。

つね:変わらないこと。いつまでも同じであること
出典
万葉集
前の歌
玉梓の君が使の手折り来る この秋萩は見れど飽かぬかも
次の歌
手寸十名相植ゑしなしるく出で見れば 宿の初萩咲きにけるかも