妻ごもる矢野の神山露霜に
にほひそめたり散らまく惜しも
- 歌の意味
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矢野の神山は露霜に美しく色づき始めた。散ってしまうのが惜しいことだ。
- 鑑賞
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巻第十 秋雑歌 2178
詞書「黄葉を詠む」
露霜にあたって美しく色づき始めた矢野の神山の黄葉が、散ってしまうことを惜しむ歌で、題詞は「黄葉を詠む」である。色づき始めたばかりの紅葉に、早くも散ることを惜しむ心が表れている。次歌の第二千百七十九首とともに人麻呂歌集に出る歌で、二首で色づき始めた秋山を詠んでいる。
作者の柿本人麻呂は飛鳥時代、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。この歌は左注によって「柿本人麻呂歌集」に出ると記される歌で、人麻呂自身の作か、人麻呂が書き留めた他人の歌かは定かでない。
初句「妻ごもる」は妻が籠もる屋の意から「矢」にかかる枕詞である。
二句「矢野の神山」は神の鎮まる矢野の山の意で、所在は諸説ある。
三句「露霜に」は露霜にあたっての意である。
四句「にほひそめたり」の「にほふ」は色美しく照り映える意、「そむ」は始める意、「たり」は存続である。ここで四句切れとなる。
結句「散らまく惜しも」は散ることが惜しいの意で、秋の花の一連にも繰り返された結句である。
つまごもる:妻が籠もる屋の意から「屋」「矢」などにかかる枕詞
にほふ:色美しく照り映える
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春は萌え夏は緑に紅の まだらに見ゆる秋の山かも
- 次の歌
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朝露ににほひそめたる秋山に しぐれな降りそありわたるがね