- 歌の意味
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我が家の門の浅茅が色づいている。吉隠の浪柴の野の黄葉は散っているらしい。
- 鑑賞
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巻第十 秋雑歌 2190
詞書は前の歌に続き「黄葉を詠む」
家の門の浅茅が色づいたのを見て、吉隠の浪柴の野では紅葉が散っているらしいと推し量る歌である。身近な草の色づきから、遠くの野の紅葉の散る様子を思いやっており、近景から遠景へと心が広がっている。本巻の第二千百八十六首の「我が門の浅茅が末葉色づきにけり」と同じく、門の浅茅の色づきを季節の目安としている。
初句「我が門の」は私の家の門のの意である。
二句「浅茅色づく」は浅茅が色づくの意で、ここで二句切れとなる。
三句「吉隠の」の「吉隠」は大和国(現在の奈良県桜井市)の地名である。
四句「浪柴の野の」は吉隠にある野の名とされ、字余りの句である。
結句「黄葉散るらし」の「らし」は根拠ある推定である。身近な浅茅の色づきを根拠に遠くの紅葉の散ることを推し量って結ぶ。
よなばり:大和国の地名。今の奈良県桜井市のあたり
あさぢ:丈の低い茅萱
- 出典
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万葉集
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露霜の寒き夕の秋風に もみちにけらし妻梨の木は
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雁が音を聞きつるなへに高松の 野の上の草ぞ色づきにける